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千葉地方裁判所 平成10年(ワ)2825号 判決

原告 A

右訴訟代理人弁護士 河本和子

同 田中由美子

被告 B

右訴訟代理人弁護士 白谷大吉

同 小野智彦

主文

一  被告は、原告に対し、金八〇万円及びこれに対する平成一一年一月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、五五〇万円及びこれに対する平成一一年一月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、准看護婦である原告が、被告が勤務先病院の病院長に就任した平成七年一月一日以降、被告からわいせつな行為や卑わいな性的言辞を繰り返されるなどのいわゆるセクシュアル・ハラスメントを受けたと主張して、被告に対し、民法七〇九条に基づき、慰謝料及び弁護士費用並びに訴状送達の日の翌日以降の遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  前提となる事実(証拠を掲げたもの以外は当事者間に争いがない。)

1  当事者

(一) 原告は、昭和五四年四月から現在まで、長生郡広域市町村圏組合病院事業の設置等に関する条例により設置された茂原市本納二七七七番地所在の公立X病院(以下「本件病院」という。)に准看護婦として勤務している者である。

(二) 被告は、平成六年一〇月一二日、本件病院の病院長代行に就任し、平成七年一月一日から現在まで、本件病院の病院長の職にある者である。

2  本件病院の概要等

(一) 本件病院は、昭和二六年に、前身である千葉県内の一町五か村の組合立国保病院として開設され、その後、昭和六三年に長生郡市広域市町村圏組合へ移管された公立病院である。その組織は大別して診療部、看護部及び事務部に分けられ、これらが病院長の下に統括されており、このうち、診療部は診療科目各科(内科、外科、産婦人科、整形外科、小児科、皮膚科、眼科、脳神経外科、泌尿器科、耳鼻咽喉科、消化器科、麻酔科、放射線科及び理学診療科)並びに薬剤科、検査科及び栄養科により、看護部は病棟、外来及び手術・中材(中央材料室)により、事務部は総務課と医事課によりそれぞれ構成されている。なお、各部の職員数(平成六年四月一日当時)は、診療部六六名、看護部一一七名、事務部二六名の合計二〇九名であった(甲一、三)。

(二) 本件病院の敷地内には、A棟、B棟、C棟、リハビリ棟、看護婦宿舎及び医師住宅の各建物があり、このうちA棟(地下一階、地上四階建)には理学診療科と院長室等の事務局がある。B棟(地上五階建)は、二階に手術室及び中央材料室等、三階に外科・泌尿器科の病室及びナースステーション等(B3病棟)、四階に内科の病室及びナースステーション等(B4病棟)がある。C棟(地上六階建)は、一階に病院受付、外来待合ホール、諸検査室等、二階に理学診療科以外の各外来の診療科(診察室)、三階に脳外科・泌尿器科の病室及びナースステーション等(C3病棟)、四階に整形外科・内科の病室及びナースステーション等(C4病棟)、五階に産婦人科・眼科・耳鼻咽喉科・小児科の病室及びナースステーション等(C5病棟)がある(甲三)。

(三) 本件病院においては、看護婦(准看護婦を含む、以下同じ。)は外来担当、病棟担当、手術室・中央材料室に分けて配属されており、病棟担当は更に前記(二)のB3、B4、C3、C4、C5の各病棟に分けられている。婦長は右外来に一名、各病棟の担当ごとに一名、手術・中央材料室に一名の合計七名おり、これらの婦長を統括する立場にある者として副総婦長及び総婦長がいる(甲八)。

二  争点及びこれに関する当事者の主張

本件の争点は、被告の原告に対する加害行為(セクシュアル・ハラスメント)の存否及びこれが認められる場合に不法行為が成立するか否かであるが、この点に関する当事者の主張は以下のとおりである。

(原告の主張)

1 加害行為の存在

(一) 平成七年一月ころから同年九月ころまで

原告は、右期間、本件病院の外科病棟(B3病棟)に配属されていたが、その間、被告は原告に対し次のような行為をした。

(1)  外科病棟の勤務室で、朝の挨拶と言っては原告の背後から肩を強くつかむ、肩を叩く、臀部を触るなどした。原告はこれらの行為に対し強い拒絶の意思表示をしたが、被告の行為は更にエスカレー卜し、他の看護婦らの目を盗んで、薬棚や点滴用の机に囲まれて逃げられない状態にある原告に対し、肩や臀部を撫で回したり、重度あるいは手術後の入院患者の治療が終わり、原告が前かがみになって汚物等をまとめている際に、背後から臀部を叩いたり、撫でたり、肩に乗せた手を離さなかったりするなどした。

(2)  被告の原告に対する前記のような行為は、原告の再三にわたる拒絶の意思表示にもかかわらず、一か月に二〇回程度の多数回に及んだ。

(二) 平成七年一〇月ころから平成九年四月ころまで

原告は、右期間、本件病院の外科外来に配属されていたが、その間、被告は原告に対し次のような行為をした。

(1)  診察室の狭い場所で、原告の臀部や大腿部を撫でるように触った。

(2)  原告が流し台付近で仕事をしたり人と話すなどしているときに、背後から肩を強く叩き、「肩が凝っているね。」などと言いながら、「硬いのはあのとき、やるとき硬ければいいんだ。」、「やると言ったらあれしかないだろう。」、「子供一人産んでいるんだから分かるだろう。」などと卑わいな性的言辞を言い放った。

(3)  患者の乳癌検診を終えた後、原告に対し、「今度乳癌検診をしてやるよ。おまえならじっくり診て触ってしこりがあるか診てやるからな。」、「恥ずかしがることもないだろう。他に触ってくれる人もないだろうから。」などと卑わいな性的言辞を言い放った。

(4)  原告が患者に検査前の説明をしているときなどに、原告の肩や臀部を背後から強い力で叩いた。

(5)  原告が本件病院C棟一階に内視鏡検査の手伝いに行った際、患者の口中に内視鏡を入れた状態で内臓の組織を採取している原告に対し、「入れて、出して、もう少し。」、「今は何でも入れておもちゃにして遊べるからな。」などと言ったり、内視鏡検査が終了した後、原告が検体を机の上に置いた際、その机で伝票を書いていた被告は右手で原告の恥骨又は陰部の部分を叩いたりした。

(6)  大腸検査の準備中や検査終了後の後片付けの際などに、肘で原告の胸を突いたり、背後から後日まで痛みが残るほどの強い力で臀部を叩き、「今日はまた、随分と固いガードルをはいているな。こんなに固いものをはいていると、脱がすのに大変だろうな。」、「夜の独り寝は誰もいないから淋しいだろう。」と言ったり、保険請求書を見ながら「これだけのお金があればおまえ一人くらい面倒見られるかな。」などと、暗に原告との性的関係を示唆するような言辞を言い放った。

(7)  被告の原告に対する前記のような言動は枚挙にいとまがなく、休日以外のほぼ毎日行われていた。

(三) 平成九年四月から平成一〇年七月まで

原告は、右期間、救急外来に配属されていたが、その間、被告は原告に対し次のような行為をした。

(1)  平成九年六月三日、住民検診に向かう際、原告に公用車を強いて運転させた上で、途中の同車両内において、原告の左肩、左大腿部を強く叩くなどした。

(2)  平成一〇年六月九日、千葉県長生郡白子町の住民検診に向かう際、嫌がる原告に公用車の運転をさせた上で、同日午後一時ころ、同車両内において、原告の左大腿部内側や左肩から胸を指跡が残るほどの強い力でつかむなどした。なお、原告は、被告による車両内での右のような突然の行為により、極度の恐怖感を覚えて身体の震えが止まらず、また、しばらくの間身体に痛みが残るとともに、恐怖感から眠れない日々が続いた。

(3)  前記(2) と同日の午後三時ころ、白子町役場内で検診中、一時患者が途切れた際、被告はわざわざ原告を呼び寄せ、原告の臀部を叩いた。

(4)  平成一〇年七月九日ころ、原告が本件病院C棟一階のレントゲン室でシャウカステンにレントゲン写真を映して見ていた際、その背後から突然その臀部の割れ目に手を当て、指が原告の陰部に届く状態で原告の臀部をわしづかみにするなどした。原告は、一瞬声も出せず、唖然として立ちすくんでいたが、レントゲン技師に声をかけられて我に返り、立ち去ろうとしていた被告を呼び止めて、「何するのよ。」と怒鳴った。しかし、これに対し被告は、白衣の前をボタンをかけずにはだけたままで、振り向きながら股間を前に突き出すような仕草をしながらその場を立ち去った。なお、被告による右行為はレントゲン技師たちの面前で行われたため、原告は右行為による痛みだけではなく、恥ずかしさから職場で仕事をすること自体が辛くなり、精神的に落ち込み、体調に異常を来した。

2 不法行為の成立

被告は、職場である本件病院において、院長であるというその地位を利用し、原告の意思に反して、長期間にわたり執拗に前記1のようなわいせつな行為や卑わいな性的言辞等を繰り返したものであるところ、右のような言動は、いわゆる「環境型セクシュアル・ハラスメント」(相手の望まない不快な性的接近、性的行為の要求及び性的性質を持つ口頭若しくは身体上の行為であって、かかる行為が個人の職務遂行を不当に阻害し、又は脅迫、敵意若しくは不快な労働環境を創出する目的若しくは効果を持つ場合)に当たる。

そして、右のようなセクシュアル・ハラスメントは、女性を独立した人格を有する男性と対等な一個の個人として理解せず、女性を性により差別し、性的自己決定の自由等のプライバシーを含む原告の人格権を侵害するものであり、かつ、労働者として働く権利を侵害し、ひいては生存権を脅かすものであるから、被告の原告に対する前記1のようなセクシュアル・ハラスメントは、憲法一三条、一四条、二五条、二七条、民法一条の二、労働基準法三条、男女雇用機会均等法二条、四条、一一条に違反する行為であり、不法行為を構成する。

そして、被告は、本件病院の責任者であり、職員らに対して自ら職場内におけるセクシュアル・ハラスメントを防止し、安全な職場環境を維持すべき立場にあり、かつ、セクシュアル・ハラスメントが職場環境を悪化させることや、それによる精神的・肉体的苦痛が深刻であることを十分に認識すべき立場にあったにもかかわらず、被告が職員の進退や職場配転の権限を有し、それ故、職員は被告の行為について苦情や批判を言いづらい従属的な立場にあることを利用して、原告に対し、平成七年一月ころから平成一〇年八月ころまでの長期間にわたり、セクシュアル・ハラスメントを繰り返し継続してきたのであるから、これにより発生した原告の損害を賠償すべき義務を負う。

3 損害

(一) 原告は日々精神的苦痛の中で仕事をせざるを得ない状況に置かれ、しかも、原告が拒絶しているにもかかわらず被告の行為がエスカレートしたため、原告の苦痛は蓄積され、原告は、体重の減少、胃痛、不眠、頭痛が恒常化し、薬に頼る生活を余儀なくされ、また、辛い環境から逃げるためには退職しかない、死んでしまいたいなどと思い詰めるまでになったのであり、このような原告の精神的・肉体的苦痛及び職場環境の悪化による損害を金銭に換算すると五〇〇万円を下らない。

(二) また、原告は、本訴の訴訟代理人との間で、弁護士報酬規定の範囲内において、弁護士報酬として、前記(一)の金額の一割である五〇万円を支払う旨を約した。

(被告の主張)

1 加害行為について

(一) 平成七年一月ころから同年九月ころまでの加害行為について

原告が主張する右期間の被告の行為については、いずれもその時期・場所等が特定されておらず、詳細な認否をなし得ないが、これらはすべて被告に対する言いがかりというべきである。

被告は、平成七年一月一日に本件病院の院長に就任して以来、本件病院の合理化を推進していたところ、右合理化に伴って発生する職員の痛みを和らげるべく、被告自ら各職員に対して声をかけたり、スキンシップを図ったりしていたのであるが、スキンシップといっても、老若男女の別なく、軽く肩に触れて職員の労をねぎらうといった程度のものであり、原告が主張するようなわいせつ行為ととられるような行為をしたことは一切ない。

また、原告は、被告から一か月に二〇回程度セクシュアル・ハラスメントを受けたと主張するが、原告の勤務状況などからすれば、そもそも被告が原告に一か月に二〇回も会うこと自体、常識的に考えられない。

(二) 平成七年一〇月ころから平成九年四月ころまでの加害行為について

原告が主張する右期間の被告の行為についても、いずれもその時期・場所等が特定されておらず、詳細な認否をなし得ないが、これらについても根拠のない言いがかりというべきである。

右のうち、前記(原告の主張)1(二)(5) の主張については、そのような言辞を患者の前で発することはあり得ないし、同(6) の主張のうち内視鏡検査や大腸鏡検査中の行為については、同検査の際、医師と看護婦が非常に接近して検査をするため、医師の肘や手先が看護婦の胸や肩、上腕等に接触することはあるが、右検査の終了後に患者のいるところで原告が主張するような行為をするはずがなく、また、保険請求書を見ながら性的関係を示唆するような言辞を言い放ったとの点については、保険請求書すなわちレセプトの点検などは看護婦などが入ることができない会議室や総婦長室で行うのであるから、このような書類を原告と見ながら会話するという状況があり得ないし、さらに、同(7) の主張については、被告は本件病院の院長として、また外科医として、毎日、昼食や休憩時間も取れないほどの激務をこなしており、原告が主張するように休日以外のほぼ毎日強いてわいせつ行為等をするといったことはおよそ考えられない。

(三) 平成九年四月から平成一〇年七月ころまでの加害行為について

原告が主張する右期間の被告の行為のうち、平成九年及び平成一〇年の各六月に住民検診に行ったことは認めるが、その余の事実は否認する。

右のうち、前記(原告の主張)1(三)(1) 、(2) の主張については、原告は、本人尋問において、被告の加害行為は公用車が本件病院の玄関から公道に出るまでの約六五メートルの間に行われた旨供述するのであるが、これは時間にすれば数秒であり、その間に原告が主張するようなセクシュアル・ハラスメント行為をすることは物理的に不可能である。また、同(4) の主張については、これを目撃したとされる証人成嶋一浩の証言及び同人の陳述書における供述には、右成嶋が目撃したとする位置から被告が原告の臀部を触っているところなど見えるはずもないことや、その点を追及されると供述を変えるなど種々の矛盾があり、同人が原告の裁判を支援する会の会員であることをも併せ考慮すれば到底信用できないというべきである。

2 本件の背景事情

(一) 八月一九日の事件

被告は、平成一〇年八月一九日に原告を叱責したことがあり(以下「八月一九日の事件」という。)、これが本件訴えの発端になったとしか考えられない。

すなわち、被告は、前同日、本件病院の外来外科の担当であり、原告は被告の介助をするため第一診察室に待機していたのであるが、被告は、普段、外来外科の診察の際はTという患者を診察開始時間前に診察することにしていたため、その日も原告に対しTを診察室に入れるよう指示したところ、原告は、被告に対し、Kという患者を先に診察してもらいたい旨を依頼した。被告がKの症状を聞いたところ、原告は、「朝から腹が痛いと言ってきているが、救急外来で診察してもらうほどではない。」と言ったことから、被告は原告にKを外科外来第二診察室担当の医師に一番に診察してもらうよう指示した。ところが、原告は、被告の右指示に抗議し、Kを先に診察するよう執拗に言った上で、「Tを先に診たいのなら一人で勝手に診れば。私は今日の介助はしません。」と言い残し、外科外来での看護婦としての職務を放棄しようとしたので、被告が厳しく叱責し、また、後日、被告は原告に反省文を書かせようとしたのであるが、原告が被告の原告に対するセクシュアル・ハラスメント行為を主張するようになったのはこの八月一九日の事件以降なのであり、これに対する逆恨みとしか考えられないのである。なお、右事件までは原告と被告は良好な関係を保っており、また、原告は右の日までは仕事を休むこともなく喜々として働いていた。

(二) 怪文書事件

被告は、平成七年一月一日から本件病院の院長に就任したが、その当時の本件病院の経営状態は赤字財政で危機的状況であった。そこで、被告は、本件病院の経営健全化を図るべく、合理化を主体とする経営改善の努力を推進し、本件病院の赤字は着実に減少していった。

しかしながら、このような本件病院の合理化は職員にとって痛みを伴うものであるから、職員(中でも時間外手当を大幅に削減される対象となった若手医師、看護婦、薬剤師及び時間外手当削減のために昼休みをこれまでのように十分取れなくなったエックス線技師やそこに配置される看護婦)からの反発が大きくなった。

そのような状況の中、平成一〇年一〇月九日に開催予定であった本件病院運営委員会の直前である同年九月末ころ、「X病院一職員」の名義で作成された「院長Bの悪事・悪徳」と題する文書が全運営委員(二五名)宛に郵送されたのである。右文書の内容は、被告に対するいわれなき悪意の誹謗中傷であり、しかも、その中には本訴の提起を予告するかのような「看護婦へのセクハラ」との文言も見られるのである。

そして、右怪文書が予告したとおりに、同年一二月に本訴が提起され、またこのことが広く新聞報道され、裁判所及びマスコミを利用した院長追い落としの策動が開始されたのであり、このような一連の行動が八月一九日の事件の後、日を置かずしてなされていることからも明らかなように、本件訴訟は、「セクハラ訴訟」の名を借りて、八月一九日の事件を契機として前記怪文書を作成した職員及びそれに賛同する団体が原告を利用し、かつ、被告の職員に対するスキンシップをセクシュアル・ハラスメントと見立てた上でなされた、その実質は院長である被告の追い落とし策なのである。

3 不法行為の不成立

右1、2からすれば、本件は、被告に反対するグループが、八月一九日の事件により原告と被告が背反したことを奇貨として、原告が右事件までは被告のスキンシップを性的嫌がらせと意識することなく、友好的な関係の中で受け入れていたにもかかわらず、これを遡及的にセクハラであると認識し直させるということが行われたために提起された訴訟である。

したがって、被告の認める原告へのスキンシップは、性的嫌がらせとはいえず、何ら不法行為を構成しないし、また、それ以外の原告が主張する被告の言動・行為については全く証拠がない。

第三当裁判所の判断

一  被告の原告に対する加害行為の存否について

1  当裁判所の認定事実

前記第二の一(前提となる事実)に加えて、証拠(甲三ないし五、六の1、2、七、八、一二、一三、一五、一七、一八、乙一ないし六、八ないし一一、一二の1ないし5、一三、一四、証人関谷和代、証人成嶋一浩、証人森綾子、証人永野佐知子、証人星和好、原告本人、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、加害行為に関する事実並びに八月一九日の事件及びその後の経過等について、以下の事実が認められる。

(一) 加害行為に関する事実

(1)  被告は、本件病院に赴任してしばらくたったころから、日常的に、勤務室に入ったときや病院内ですれ違ったりする際、挨拶の言葉とともに看護婦の肩、背中に手をかけたり、臀部を軽く叩いたり、夜勤明けの看護婦などに対しねぎらいの言葉とともに肩を軽く揉むなど、身体に接触するような行為をするようになった。また、被告は、病院長であると同時に、外科医として本件病院における診療や手術に携わっていたことから、B3病棟のナースステーションを通って病室に行くことがあり、平成七年一月から同年九月末までB3病棟で勤務していた原告とは頻繁に顔を合わせていたところ、被告は原告の容姿等が看護婦中では強く印象に残っていたため、原告に親しく話しかけたりするようになり、右の期間中、時期及び場所については必ずしも特定できないものの、原告と顔を合わせたりするなどした際、原告の肩や背中に手をかけたり、臀部を軽く叩くなど、原告の身体に接触するような行為をすることがあった。

(2)  原告は同年一〇月から外科外来の勤務に移ったが、被告は一週間のうちの数日(ただし午前中)、外科外来の診察も担当していたため、ときどき外来の診察室や検査室などで原告が被告の診察や検査を補助するなどして顔を合わせる機会があり、その際、前記(1) のような身体的な接触行為をすることがあった。なお、原告は、当時の外来婦長であった鵜沢幸子に、被告が原告の身体を触るということを一度だけ話したことがあったが、鵜沢婦長は格別そのことについて取り合わず、原告もまたそれ以上相談したり、被害を訴えるといったことはしなかった。

(3)  原告は平成九年二月から救急外来の勤務に移ったが、救急患者の対応等のほか、一か月に五、六回程度外科外来の診察や内視鏡検査の手伝いを行っていたためレントゲン室や検査室に出入りすることがあり、そこで被告と顔を合わせることがあったが、その際、前記(1) 及び(2) のような身体的な接触行為をすることがあった。

(4)  原告は、同年六月三日、千葉県長生郡白子町で行われた住民検診に被告とともに出張することになった。原告は、被告が公用車を病院玄関まで運転してきたため、そのまま被告が運転するものと思って後部座席に座ったが、被告は「おまえが運転するんだよ。」と言って、自らは助手席に移った。原告は、自動車運転免許は有していたが、乗り慣れない公用車であることから、他人、しかも病院長を乗せて運転することに躊躇を覚えたが、被告にせかされたため、仕方がなく同車両を運転することにした。原告が住民検診に向け出発しようとした際、本件病院の玄関から公道に出るまでの間、被告は、そのような行為に至った経緯の詳細は不明であるが、原告の左肩や左大腿部付近を叩くような形で触った。なお、右公用車内には原告と被告しかいなかったところ、本件病院には専属の運転手はおらず、医師が自動車を用いて出張する際は医師自身が運転し、これに看護婦が同乗することが多かったが、病院長が出張などをするため公用車を利用する場合は同行職員が運転し、病院長は後部座席に座るのが通常であった。

(5)  原告は、平成一〇年五月ころ、同年六月九日に行われる白子町での住民検診について再度被告に同行することを命ずる勤務表が発表されたため、この勤務表の作成者であり当時外来の婦長であった関谷和代に前年の公用車の中での出来事を話し、どのように対応すべきかを相談した。これに対し関谷婦長は、住民検診に行く車は誰が運転するのかを事務部の職員ないし総婦長に問い合わせ、通常は医師が自分で運転する旨の返事を受けたので、原告に対し、運転をしないで済むよう運転免許証を持たずに住民検診に行くよう指示した。原告は、同年六月九日、住民検診に出発するに当たり、被告に対し、運転免許証を持参していないから運転はできない旨を伝えたが、被告は原告に公用車を運転するよう命じ、自らは再び助手席に乗り込んだ。原告が運転席に座ると、被告は原告の左肩から胸にかけての部分と左大腿部を触り、原告がこれを拒むと、被告は「いいから早く出せよ。」と言った。結局、原告は運転免許証を携帯しないまま公用車を運転することになった。

(6)  同年七月ころ、原告が本件病院C棟一階にあるレントゲン受付でレントゲン写真をシャウカステンに映して見ていたところ、被告がその背後を通りかかり、廊下に出ようとするところで立ち止まって原告の臀部を手のひらで撫で回した後、廊下に出ていった。原告は驚いて振り返り、それが被告の行為であることに気付くと、被告の背中に向かって、「何をするんですか。」というような抗議の言葉を投げつけたが、被告はそのまま立ち去った。

(二) 八月一九日の事件及びその後の経過等

(1)  原告は、平成一〇年八月一九日の朝、補充要員として救急外来から外科外来に派遣されて勤務していたが、午前八時三〇分ころ総合案内から、外科のKという患者が救急外来で診察するほどではないが相当苦しがっているから外科外来で一番最初に診察して欲しい旨の連絡を受けた。その後、被告が外科外来の診察をするため第一診察室に入り、机に向かって書類を書き始めたので、原告は、被告に、総合案内から前記の連絡があったこととその内容を伝えたところ、被告は、Tという患者を最初に診察するから、Kについては第二診察室のもう一人の外科外来の医師に診察してもらうよう指示した。これに対し、原告は、Kが苦しがっているから先に診て欲しい、どうしてTをいつも特別扱いにして先に診察するのか、などと反論したため、被告は、「バカヤロー」、「おまえは俺の言うことに従えばいいんだよ。」などと原告を怒鳴りつけ、原告も、「それなら一人でやればいいでしょう。今日は(被告の補助には)付きませんから。」などと言って第一診察室から出ていった(八月一九日の事件)。なお、Tという患者は被告が手術を担当した患者であり、術後の傷口の処置など(包交)を慎重に行う必要があったことから常に被告が包交することにしていたが、包交の際、包交に使用する備品等を乗せてある包交台を第三診察室から第一診察室に移動しなければならず、早く使用を終わらせて包交台を戻しておく必要があったため、被告はいつも外科外来の診察を開始する前に第一診察室でTという患者を包交することにしていたものである。

(2)  原告は、八月一九日の事件につき、その日のうちに関谷婦長に報告した。関谷婦長は被告と会って右の経過について確認しようとしたが、被告は総婦長を通して話をするよう答えて受け付けなかった。関谷婦長は、当日総婦長が休暇を取っていたため、事務次長に右の出来事を報告した。その翌日、総婦長は、事務次長から同事件について報告を受け、また、被告から、医師の診療に関し指図をしたことについて原告に反省文を出させるよう指示を受けたので、事実関係を確認するため関谷婦長に電話をし、被告が原告に反省文を書くよう言っていることなどを伝え、これに対し原告は当日の事実経過をまとめた文書を書いて提出した。

(3)  原告は、八月一九日の事件の後、被告から自己に非のないことについてどなられ、反省文を書くよう命じられたと感じて憤るとともに、そのことで原告が被告に謝罪すべきであるというのであれば、被告こそ原告の身体に触ったりしたことについて謝罪すべきだと感じ、それまではことさら公的に問題として取り上げるまでのつもりはなく、またその一部については大目にみていた面もあった被告の前記(一)(1) ないし(6) のような行為についても許せない気持ちになり、関谷婦長に右の心情を伝え、セクシュアル・ハラスメントとして被告を訴えることを考えるようになった。

(4)  関谷婦長は、同年八月下旬ころ、総婦長に対し、原告が被告をセクシュアル・ハラスメントで訴えることも辞さないと言っている旨を伝えた。総婦長は、それまで本件病院内でセクシュアル・ハラスメントのことが話題になったことはなかったし、また、原告についてはかえってほかの看護婦よりも被告と仲が良いという認識を持っていたくらいであったことから、関谷婦長のいうセクシュアル・ハラスメントが何を指すものなのか理解することができず当惑し、事務長の星和好にその対応を相談した。星事務長は原告と会って事実関係を確認することにし、同年九月半ばころまでの間に二回、原告と面会した。一回目の面会の際、原告は被告から身体を触られたことなどを星事務長に話した。そこで、星事務長は被告が原告の身体に触ったという原告の話した事実の有無を被告に尋ねたところ、被告は、挨拶代わりに気軽な気持ちで原告の身体に触れたことがあること、それが原告に不快感を与えたというのであれば原告に謝罪してもいいこと、ただし、その前提として八月一九日の事件についてまず原告が反省文を書くべきであることなどを星事務長に話した。星事務長は、二回目の面会の際、被告から聞いた話の内容を原告に伝えるなどして、訴訟の提起を思いとどまるよう説得し、結局、訴え提起については再度熟考するということで面会を終えたが、その後この件について原告と事務長との間に話合いの機会が持たれることはないまま、本訴の提起に至った。

(5)  被告は、本件病院の病院長に就任した後、医師のパートの削減、医師、看護婦等の時間外勤務の削減、完全週休二日制の導入、院内給食の外部委託など各種の経営合理化を実施していたところ、職員の中には被告の経営方針などに反発を覚える者がおり、同年一〇月九日に開催された本件病院の運営委員会(関係市町村の長の互選によって定められた本件病院の管理者から委嘱された議会代表者や医師等の委員によって構成され、本件病院の事業計画その他経営の基本に関することなどを調査・検討するもの。)の直前である同年九月末ころ、全運営委員(二五名)に対し、「X病院一職員」名で作成された「長生郡市広域市町村圏組合公立X病院 院長Bの悪事・悪徳」と題する文書が送付されるとともに、本件病院内にも掲示されるということがあった。右文書の内容はおおむね被告を誹謗中傷する内容のものであったが、その中には、「<5>看護婦へのセクハラ」として、「お尻、胸を触られているものがいる。やめるようにいうと『減るもんじゃねえんだからいいじゃねえか』と答えている。そのセクハラに対し、裁判を起こそうという動きがある。さらにその看護婦は移動をさせられた。」と書かれた部分があった。

(6)  八月一九日の事件までの間、本件病院の職員の間で被告の行為が問題とされたものとして、被告が女性用トイレと貼紙がしてある職員用トイレを数回使用したこと、病院長として着任した当初、看護婦を名前で呼ばず「おねえさん」などと呼んだこと、看護婦の更衣室ないし休憩室にノックをせずに入ったこと、被告が「挨拶」と言って看護婦の背中や肩を触ることなどがあったが、それらが婦長会などで正式にかつ具体的に問題とされたことはなかった。

2  事実認定の補足説明

(一) 原告は、前記1(一)の事実認定に関し、被告の加害行為として前記第二の二(原告の主張)1(一)(1) 、(二)(1) ないし(6) 、(三)(3) のような具体的事実が存在した旨主張し、一部これに沿う証拠(甲七、原告本人)も存するところ、被告自身、その本人尋問において、被告にとって原告が特に印象に残る女性であることから、病院長就任後比較的早い段階で原告の存在や名前を認識していたことや、その意図はともかく、原告を含む看護婦の肩、背中、臀部等を触る、叩くなどの行為をしたことがあった旨を供述していることなどに照らすと、前記1(一)認定の被告の原告に対する身体的な接触行為が、原告の主張するように、外科病棟の勤務室(原告の主張1(一)(1) )、外科外来の診察室(同(二)(1) )、流し台付近(同(2) )、検査室(同(5) 、(6) )などといった場所において、汚物等をまとめている際(同(一)(1) )、患者の乳癌検診を終えた後(同(二)(3) )、各種検査の際(同(4) ないし(6) )などといった状況の下で行われ、かつ、その具体的態様も、一部、原告主張のようなものであった可能性があることは否定できない。

しかしながら、他方で、原告が、被告の前記行為に対し、被告が重ねて同様の身体的接触行為をすることを少なくとも躊躇させる程度に強い抗議をし、又は強い不快感を表したことを認めるに足りる的確な証拠はないし、前記認定のとおり、原告が外科外来勤務中に上司である鵜沢婦長に対し被告が原告の身体に触ることを話したことは認められるものの、同婦長はこれを深刻なものとしては受け取っておらず、原告もそれ以上相談しようとする気配も見せなかったこと、また、原告は、その後、平成一〇年二月に関谷婦長に相談するまで誰にも被告の行為について相談したことはなかったこと(原告本人)、なお、原告は、八月一九日の事件までは喜々として仕事をしているように見えたのみならず、周囲の者に、被告と仲が良いような印象を与えていたこと(証人関谷和代、同永野佐知子、同森綾子)、さらに、原告自身も、その本人尋問において、セクハラについて考えるようになったのは右事件の後からである旨供述していることに加え、前記八月一九日の事件の経緯及び職員中に被告に対する反感が相当程度に存在していたことなどを総合して考えると、原告は、八月一九日の事件までは、被告と親しく話をしたり、意見を言うことができる関係にあり、また病院長である被告から好意を持たれていると感じていたことから、被告の身体的接触行為について快く思わないまでも強いて拒絶したり、ことさら問題行為として公的に取り上げたりするまでの意思はなかったところ、八月一九日の事件で被告に罵倒され、反省文を書くよう言われたことなどを契機として、従前の被告の行為を含め被告のことを許せないものと考えるようになり、最終的には本件訴訟に至ったことが推認される。

このような本件の経緯にかんがみれば、被告の行為に対し強く拒絶したが被告の行為は更にエスカレー卜した、あるいは、被告の前記のような行為は、一か月に二〇日又は休日以外の毎日行われた、などといった原告の供述を直ちに信用することはできないし、被告の原告に対する身体的な接触の態様に関する原告の供述についても同様であり、そして、他に、この点に関する原告の主張事実を裏付ける的確な証拠のない本件において、前記1(一)に認定した程度を超えて、被告が、原告の主張するように害意を伴う積極的なわいせつ行為と評価すべき程度の態様の行為を行ったと認めることは困難である。

(二) また、原告は、被告から、前記第二の二(原告の主張)1(一)及び(二)のとおり、被告が原告に対し露骨に性的な言辞や性的関係を示唆する言辞を言い放った旨主張するのであるが、被告はその本人尋問においてこれを否定しており、原告の本人尋問においてもこの点についての具体的な供述は得られていないし、どのような状況の下で、また、いかなる文脈の下でこのような言葉が発せられたのかも証拠上明らかではないことからすれば、加害行為としての立証は不十分であるといわざるを得ない。

(三) なお、原告は、前記第二の二(原告の主張)1(三)の事実の加害行為の態様について、平成一〇年六月九日に公用車内で原告の左大腿部内側等に指跡が残るほどの強い力でつかむなどした、あるいは、同年七月九日ころ、レントゲン室で、背後から臀部の割れ目に手を当て、指が原告の陰部に届く状態で原告の臀部をわしづかみにするなどした、などと前記認定事実より程度のはなはだしいものであるように主張し、原告本人尋問においてこれに沿う供述をする(甲七も同旨)のであるが、前記(一)に述べたところに照らし、採用できない。

(四) 他方、被告は、前記1(一)(4) 及び(5) の各認定事実に関し、被告が原告に対し、公用車が本件病院の玄関から公道に出るまでの約六五メートルの間に、原告が主張するような行為をすることは物理的に不可能である旨主張するのであるが、前記認定の被告の各行為自体はそれをすることにさほどの時間を要するものであるとは認め難いのであるから、当該各行為が公用車が病院の玄関から公道に出るまでの時間的にわずかな間になされたとしても格別不合理ということはできず、被告の右主張は理由がない。

(五) また、被告は、前記(一)(6) の認定事実に関し、これを目撃したとされる証人成嶋の証言及び同人の陳述書における供述には種々の矛盾があり、同人が原告の裁判を支援する会の会員であることを併せ考慮すれば到底信用できないと主張するので、この点について検討する。

たしかに、被告の行為がなされた時点における原告の姿勢や被告の行為の態様などについて原告の供述と証人成嶋の証言等は一致しておらず、証人成嶋が被告の行為を目撃した位置についても、その陳述書(甲五)における供述と同人の証言とで若干の変遷がみられるのであるが、同人の供述及び証言はその核心部分である被告が原告の臀部を右手で触ったという点については一貫していること、また、右行為の時点における原告の姿勢や被告の行為の態様に関しては、右出来事は突発的であり、かつ、時間にしてせいぜい数秒程度の瞬間的なものであったと考えられることなどからすれば、原告の供述と完全に一致していなくても不自然なものとはいい難いこと、なお、右行為を目撃した位置については、証人成嶋が右目撃当時歩行中であったことや同人の陳述書に添付された図が必ずしも厳密なものとは認められないことなどからすれば、陳述書が作成された段階における目撃場所はおおよその位置関係を示したにすぎないものであるとみることも可能であり、証人尋問の際被告代理人に目撃の厳密な場所について問われた結果当初の供述から若干変遷する供述をしたとしても、これによりその証言等の信用性を失わせるものとまではいい難いこと、さらに、証人成嶋が原告の裁判を支援する会に入っていることは同証人自身の認めるところであるが、かかる会に所属していることから直ちに虚偽の証言をなす蓋然性が高いとはいうことができないし、その他同証人がことさら虚偽の証言をなしたことを窺わせるような事情も見当たらないことなどからすれば、前記被告の主張はこれを採用し難い。

なお、被告は、その本人尋問及び陳述書(乙一)において、平成一〇年七月九日の午前中は会議及び面接があり、午後は手術に立ち会っていたため原告の主張するレントゲン室には行っていないし、同年七月ころは全般的に多忙であったなどと供述し、同時期における被告のタイムテーブル等を証拠(乙四ないし六)として提出するのであるが、右のような証拠の存在のみで前記認定を妨げるに足りるものではない。

したがって、被告の右主張も理由がない。

二  不法行為の成否について

1  そこで、前記1の認定事実を前提として、被告の原告に対する行為が不法行為を構成するかどうかについて検討する。

本件のように、男性たる上司が部下の女性に対して何らかの身体的な接触行為を行った場合においてもそのことだけから直ちに相手方の性的自由ないし人格権が侵害されるものと即断することはできないが、接触行為の対象となった相手方の身体の部位、接触の態様、程度、接触行為の目的、相手方に与えた不快感の程度、行為の場所・時刻、行為者と相手方との職務上の地位・関係等の諸事情を総合的に考慮して、当該行為が相手方に対する性的意味を有する身体的な接触行為であって、社会通念上許容される限度を超えるものであると認められるときは、相手方の性的自由又は人格権に対する侵害に当たり、違法性を有すると解すべきである。

2  右の基準に照らすと、前記1(一)(1) ないし(3) に認定した事実に係る行為において接触の対象となった部位は肩、背中、臀部であるところ、肩及び背中に対する接触行為については一概に接触が許されない部位とまでいうことはできず、これが直ちに性的意味を有する身体的な接触行為と評価することはできないし、被告が原告以外の看護婦に対しても挨拶の際に同様の行為を行っていることなどに照らすと、これがすべて被告の原告に対する何らかの性的意図に基づくものとまで評価することはできず、その当否はともかく、法的なレベルで見て社会通念上許容される限度を超えるものであるとまでは評価し難いというべきである。

しかし、右認定事実のうち臀部に対する接触行為については、その部位に照らし原告においてその接触を許容することが通常では考え難い性質のものであり、原告においてこれを許容するような態度を取ったことがあったことを認めるに足りる証拠もない上、平成七年から平成九年までの長期間にわたり反復、継続してなされていること、しかも、右行為は本件病院の病院長である被告から本件病院の一職員にすぎない看護婦である原告に対してなされたものであることなどに照らせば、その性質において社会通念上許容される限度を超えるものであるといわざるを得ない。

3  次に、前記1(一)(4) 、(5) に認定した事実に係る行為については、その接触の対象となった部位が肩から胸にかけての部分及び大腿部であること、その行為は自動車内という閉ざされた空間内で、しかも二人きりの状況で行われたものであること、両行為はいずれも嫌がる原告に強いて公用車を運転することを命じた上で自らは助手席に座り接触に及んでいるという経緯に加え、前記2に述べた両者の本件病院における地位・関係に照らせば、被告の右行為が原告に対する性的意味を有する身体的な接触行為であり、社会通念上許容される限度を超えたものであることは明確で、原告の性的自由及び人格権を侵害した違法な行為というべきである。

また、前記1(一)(6) に認定した事実に係る行為については、その接触の対象となった部位が臀部であることに加え、その態様や行為状況に照らせば、同様に、原告の性的自由及び人格権を侵害した違法な行為というべきである。

4  被告は、前記第二の二(被告の主張)2(二)のとおり、本件訴訟は、被告を病院長の地位から引きずりおろすため、その策動の一環として提起されたものである旨主張するところ、前記一1(二)のとおり、本件病院内に被告に対し批判的な意見を持つ職員が存在することや、本件がセクシュアル・ハラスメント事件として右のような立場にある職員に支持されていること自体は認められるものの、右のような事実が存在するからといって、被告のした前記のような行為が正当化されるものでないことは明らかである。

また、被告は、前記第二の二(被告の主張)3のとおり、原告は、被告の行為を性的嫌がらせと意識することなく友好的に受け入れていたにもかかわらず、これを遡及的にセクハラであると認識し直させるということが行われたために本訴が提起されたと主張するところ、本件において、原告が当初被告の身体的接触行為について快く思わないまでも強いて拒絶したり、ことさら問題行為として公的に取り上げたりするまでの意思はなかったと認められることは前記一2(一)記載のとおりであるけれども、右に述べた程度を超え、本件において、原告が個人的には許容していた被告の行為につき、後に被告に対する恨みの感情を持ち、前記のような職員の意を受けてことさらにこれを問題にし始め、もっぱら被告を失脚させることを目的として訴訟を提起したとみるべき事情の存在を認めることはできないから、被告の右主張も理由がない。

三  損害額について

前記一及び二のとおりであるから、被告には前記二に判示の限度で不法行為が成立し、被告は、民法七〇九条に基づき、その不法行為によって原告が被った損害を賠償すべき義務を負うものであるところ、その賠償額としては、以下の1、2において述べるとおり、合計八〇万円が相当である。

1  慰謝料

被告の前記不法行為の内容(前記一1(一)の(4) ないし(6) に認定したものが中心であり、その(1) ないし(3) の臀部に対する接触行為については、前記のとおり、原告において、被告と表面的にはそれなりに親しく、少なくとも拒絶の態度をはっきり示せないような関係ではなかったにもかかわらず、これに対するきっぱりとした拒絶の姿勢をとらなかったことが被告に右のような行為を継続させる一因ともなっていたと考えられること、また、こうした行為がなされた具体的な経緯やその態様についてもあまり明確とはいえないことから、付随的に考慮するにとどめることとする。)、その他前示の諸事情、特に、被告は本件病院において前記二に判示したような違法行為が起こらないよう、病院長として積極的な措置を講ずべき立場にあったにもかかわらず、病院長でありかつ医師である被告の指示に従うべき准看護婦という立場にある原告に対し前示のような行為に及んでいることを考慮すると、原告が被告の不法行為によって被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては、七〇万円が相当である。

なお、原告の陳述書(甲七)には、被告の行為により体重の減少、胃痛、不眠、頭痛が恒常化し、薬に頼った生活を余儀なくされ、退職や自殺を考えるまで思い詰めていたなどの記述があり、原告本人尋問でも、概ね同趣旨の供述をするところ、前記のとおり、原告が八月一九日の事件が起こるまでの間に、被告が原告の身体に触ることについて話をしたのは鵜沢婦長に対するものと関谷婦長に対するものであるところ、このうち、鵜沢婦長に対するものは同婦長自身深刻な相談を受けたという認識を持たない程度のものであったこと(乙一四)、関谷婦長も、原告からそのような相談を受けながら、平成一〇年六月の白子町における住民検診につき原告を被告の担当からはずすまでの必要性を感じなかったことが窺われ、そうすると原告が同婦長に話した内容が著しく深刻なものであったとまでは考え難いこと、また、前記一2のとおり、関谷婦長を始め、永野婦長、総婦長は、八月一九日の事件までは原告は喜々として仕事をしているように見えたとか、被告と原告は仲が良いように見えたなどと証言し、原告自身も、その本人尋問において、セクハラについて考えるようになったのは右事件の後からである旨供述していること、原告に対し睡眠薬を処方したことを窺わせる診療報酬明細書(甲一六)はあるものの、これは本件訴訟の提起後である平成一一年二月分のものであること、また、前記認定のような八月一九日の事件とそれ以後の経緯などに照らすと、原告の前記のような供述だけから原告が本件不法行為によりその主張するような深刻な精神的、身体的被害を被っていたと認定することは困難である。

2  弁護士費用

本件事案の内容、右慰謝料額等を考慮すると、被告の不法行為と相当因果関係を有する弁護士費用としては一〇万円を認めるのが相当である。

第四結論

よって、原告の請求は、被告に対し八〇万円及びこれに対する平成一一年一月二三日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 及川憲夫 裁判官 瀬木比呂志 裁判官 澁谷勝海)

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